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歴史クイズの答えと解説
長狭芸術の小径

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◆クイズの答えと解説
1. 薬王院 ヤクオウイン
問題
薬師堂への階段を上がると並んでいる石仏は何でしょう?
A. 大日如来 B. 薬師如来 C. 弥勒菩薩
正解:A. 大日如来
薬王院
杉木立に囲まれた参道を上がると金剛界大日如来の石仏群に迎えられます。その先に、1648年に建立された方形造りの薬師堂があります。だいぶ傷んできていますが、中世寺院建築の趣を色濃く残した閑静なたたずまいのお堂です。本堂には、初代武志伊八が29歳の時に彫った欄間彫刻(龍虎図)と向拝龍が残っています。

県指定有形文化財薬師堂附棟札2枚、本堂の彫刻

2. 蓮華寺 レンゲジ
問題
日蓮が小松原法難で受けた傷を洗った井戸は何カ所残っているでしょう?
A. 1ヶ所 B. 2ヶ所 C. 3ヶ所
正解:C. 3ヶ所
蓮華寺
日蓮は『立正安国論』を著して鎌倉幕府の政策を批判したため1261年に伊豆に流されましたが、1263年に許され鎌倉に戻り、母の病気の知らせに鴨川に帰りました。その時滞在していたのが蓮花寺です。1264年に、工藤吉隆の招きで蓮花寺から天津に向かう途中で小松原法難に遭いました。その時受けた傷を洗った「疵洗井」は多門寺、日蓮寺と蓮花寺に残っています。当時の蓮花寺は、「疵洗井」の西に広がっていました。

3. 金乗院 コンジョウイン
問題
金乗院で確認されていないのは何代目の伊八の彫刻でしょう?
A. 初代 B. 2代 C. 3代
正解:B. 2代
金乗院
金乗院は武志伊八の家の隣(向かい?)にあるためか、伊八の作品が多く残されています。階段を上がると「波の伊八」を誇示するように彫られた仁王門全面に装飾された波の彫刻(4代目・5代目)に迎えられます。大日堂には初代伊八が28歳の時に彫った向拝龍と、欄間彫刻(酒仙図)みられます。

市指定有形文化財大日堂の彫刻

4. 伊八屋敷跡 イハチヤシキアト
問題
武志家の家紋は何でしょう?
A. 月星紋 B. 十二陽紋 C. 九陽紋
正解:C. 九陽紋
伊八屋敷跡
2005年に、武志伊八の屋敷跡の一部が整地され墓地になりました。そこに建てられた武志家の墓石に九陽紋が刻まれています。島村流の彫物師である島村貞亮の弟子でありながら、当初から一貫して武志伊八(または武石)で通し「島村」を名乗っていないことが注目されます。ごく最近の研究により、家紋が示すように千葉氏の一族である武石(たけし)氏の末裔であったことが、はじめから武志を名乗った理由と考えられるようになりました。

5. 西福寺 サイフクジ
問題
1897(明治7)年に何小の仮校舎にされたのでしょう?
A. 吉尾小学校 B. 竹平小学校 C. 和泉小学校
正解:B. 竹平小学校
西福寺
鴨川の、明治時代の小学校建設期の面影を残す寺院が数多く残っています。西福寺も、竹平小学校の仮校舎でした。古泉千樫は1901年に教員養成所を出て、1902年にこの竹平小学校に16歳で赴任しています。古泉千樫はここで、恋に悩みつつ多数の歌をよみました。初代伊八の、若い時の欄間彫刻(波に龍・七福神)もみられます。

市指定有形文化財本堂の彫刻

6. 地蔵院 ジゾウイン
問題
地蔵院から竹平小学校までどのくらい離れているでしょう?
A. 1km B. 2km C. 3km
正解:A. 1km
地蔵院
古泉千樫の生家と竹平小学校は約7km離れています。当初はこの間を徒歩で通勤していましたが、まもなく竹平小学校と1kmの距離にある地蔵院に下宿しています。しかし、住職が病没したため西福寺の一室に下宿を移しました。千樫の代表作である「みんなみの 嶺岡山の 焼くる火の こよひも赤く 見えにけるかも」は、地蔵院、または西福寺に下宿している時によんだ歌のようです。

7. 主基斎田跡 スキサイデンアト
問題
抜穂の神事はどんな衣裳で行われたでしょう。
A. 作業着 B. 羽織袴 C. モーニング
正解:B. 羽織袴
主基斎田跡
1871年11月に吹上御苑で大嘗祭が行われました。この時、主基殿に供える新穀をとる斎田として北小町仲の坪の6反歩が指定されました。指定された田は注連縄を張り、垣根を巡らすとともに、花房藩より役人2人が番屋で見張りをするなど厳重に扱われました。抜穂式での稲刈りは、羽織袴姿で行ったそうです。1915年の大正天皇御大典にあたり、斎田跡地とその周辺を埋め立て斎田跡公園を造成しています。

8. 吉保八幡神社 キッポハチマンジンジャ
問題
昭和前期に鴨川でやぶさめは何カ所行われていたでしょう?
A. 1ヶ所 B. 3ヶ所 C. 5ヶ所
正解:C. 5ヶ所
吉保八幡神社
現在鴨川市でやぶさめ神事が続いているのは吉保八幡だけですが、昭和前期の頃は5ヶ所で行われていました。社伝に、創建は829年で、1445年頃に里見氏家臣緒形茂次が再建し、やぶさめ神事は鎌倉時代中期に遡ると伝えています。吉保八幡の本殿は、神池で囲んで島とした独特な様式で、初代伊八が向拝龍等を彫っています。

県指定無形文化財やぶさめ市指定有形文化財本殿向拝の彫刻


【史跡分類マークの説明】 国指定特別天然記念物国指定特別天然記念物 国指定天然記念物国指定天然記念物
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