◆クイズの答えと解説
1. 正木環斎屋敷跡 マサキカンサイヤシキアト

勝浦城主正木頼忠(環斎)の領地を没収したのは誰でしょう?
A. 織田信長
B. 豊臣秀吉
C. 徳川家康
正解:B. 豊臣秀吉
豊臣秀吉による1590年の上総没収により勝浦城を失った正木頼忠は、屋敷を成川に移し里見家に使えました。
正木氏特有の城館址の造り方は踏襲されており、細く伸びる丘陵の周囲を段切りして周囲と遮断し、頂部に広い平坦な居住区画を造っています。どのような建物が建っていたかは、まだ調べられていません。
環斎の娘は徳川家康の側室「お万の方」で、頼宣(紀州徳川家)、頼房(水戸徳川家)の生母となりました。
2. 方広寺 ホウコウジ

方広寺中興の祖「昌源院」は誰の夫人でしょう?
A. 正木道俊
B. 正木憲時
C. 正木環斎
正解:B. 正木憲時
方広寺は、1264年に日蓮が創建した恵日山本寿院妙耀寺に始まります。加茂神社の別当寺でもありましたが、安土桃山時代には衰微していたのを、1599年に正木環斎夫人の昌源院の援助で再建したと伝えられています。
墓地に室町時代頃や江戸時代初期の宝篋印塔がたっています。基礎調査が充分に行われていないため、この石造物がどのような歴史を秘めているのかは分かっていません。
3. 山口志道誕生地 ヤマグチシドウタンジョウチ

山口志道の著はどれでしょう?
A. 百首正解
B. 佐殿草創記
C. 房州順礼道之記
正解:A. 百首正解
山口志道は荷田訓之に師事して国学を学び,古の文等に独特の解釈を行った『水穂伝』,藤原定家撰『小倉百首』に独特の解釈を加えた『百首正解』などを著しています。京都で朝廷に仕える公家に国学を教授し,仁孝天皇の侍講もつとめています。吉保八幡神社の境内にも,山口志道の記念碑が立てられています。

杉庵山口志道誕生地
4. 安国寺 アンコクジ

安国寺建立のお触れは誰が出したのでしょう?
A. 源頼朝
B. 足利尊氏
C. 徳川家康
正解:B. 足利尊氏
後醍醐天皇の冥福を祈るため,足利尊氏が全国に66ヶ所建てた安国寺の一つといわれています。戦火などで消失し,1546年に再建されています。
明治時代初期に境内に小学校の仮校舎が建てられ,古泉千樫が入学しています。
5. 龍江寺 リュウコウジ

龍興寺に子安地蔵を送ったのは誰でしょう?
A. 藤原道長
B. 平重盛
C. 源頼朝
正解:B. 平重盛
1178年に平重盛が仏師運慶に子安地蔵を彫らせ妹徳子の安産を祈願したところ,無事皇子(安徳天皇)が誕生したので,長狭氏が治める当地に龍興寺を建てて安置したと伝えています。室町時代初期の作とみられる地蔵菩薩像は,安産の仏として信仰を集めています。また,境内に天明大飢饉の犠牲者を供養する宝篋印塔がみられます。

木造地蔵菩薩坐像
6. 春日神社 カスガジンジャ

羯鼓舞は何を願ってはじまったのでしょう?
A. 戦勝
B. 病気平癒
C. 雨乞い
正解:C. 雨乞い
羯鼓舞は,一年交代で春日神社の境内か請雨山の愛宕神社で,7月24日に奉納されています。この羯鼓舞の起源は,里見吉実が天文年間の干ばつの時に行った高蔵神社での雨乞いにはじまったといわれています。赤面・おかめ・童子の露払いの後,羯鼓を腹に付けた3匹獅子が演じます。

北風原の羯鼓舞
7. 大山千枚田 オオヤマセンマイダ

大山千枚田の景観はいつ頃にはできていたでしょう?
A. 戦国時代
B. 江戸時代
C. 明治時代
正解:A. 戦国時代
大山千枚田は,東西約600mの範囲の標高90m〜150mの丘陵斜面に連なる棚田のことを指して呼んでいます。田圃は375枚ですが,沢山あるということを千枚田という表現で表しています。この棚田と周囲の里山や集落の景観がいつできたのかは分かっていませんが,検知の石高等から戦国時代にはほぼ今の景観になったと思われます。

鴨川大山千枚田
8. 大山不動・高蔵神社 オオヤマフドウドウ・タカクラジンジャ

大山不動は誰が開いたといわれているのでしょう?
A. 良弁
B. 空海
C. 行基
正解:A. 良弁
大山寺・高蔵神社とも良弁が開いたとの話が伝わっています。里見一族の天正の内乱で消失し、1586年に再建されました。伊八作の龍が長狭郷を見守っています。経塚群、一字一石経など、珍しい歴史資料の宝庫です。

大山不動堂・附厨子・軒札1枚、木造不動明王坐像・両脇持立像

梵鐘、大山寺石造宝篋印塔、大山寺軒札
9. 安田家墓地 ヤスダケボチ

安田薫が1882年に遊説に招いたのは誰でしょう?
A. 末広鉄腸
B. 田口卯吉
C. 小野梓
正解:C. 小野梓
1880年代に鴨川市の自由民権運動史に残る動きが活発に展開し、1880年に縣房儀が末広鉄腸、田口卯吉を、1882年に安田薫が小野梓を遊説に迎えています。立憲改進党の県会議員および衆議院議員として活躍した安田薫と、民政党の衆議院議員であった安田正夫の墓碑には「安房之守勝海舟」の銘と印形が彫られています。

安田家文書
10. 大山やぐら群 オオヤマヤグラグン

「やぐら」とは何でしょう?
A. 中世の墳墓窟
B. 仏像安置用岩窟
C. 座禅用岩窟
正解:A. 中世の墳墓窟
鴨川は柔らかい泥岩でできていて掘削しやすいこともあり、多くのやぐらがつくられています。大山やぐら群は、防空壕等への利用など後世の活用にともない入り口部をアーチ型に変えている他はやぐらの形状を良く残しています。尾根筋に6基開口していましたが、今は一番下の1基が開口しています。誰の墓かは分かっていません。源頼朝が隠れた穴との伝説が伝わっています。横穴古墳で遺跡登録されていますがやぐらの誤りです。
【史跡分類マークの説明】

国指定特別天然記念物

国指定天然記念物

県指定有形文化財

県指定無形文化財

県指定天然記念物

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市指定有形文化財

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登録有形文化財