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歴史クイズの答えと解説
嶺岡牧の小径

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◆クイズの答えと解説
1. 旧水田家住宅 キュウミズタケジュウタク
問題
旧水田家住宅のどこが房総民家の特徴でしょう?
A. 茅葺寄棟造 B. 5室構成 C. 瓦葺下屋
正解:C. 瓦葺下屋
旧水田家住宅
旧水田家住宅は、当地出身の政治家であり、城西大学の創立者である水田三喜男の業績をしのぶことのできる施設です。学校法人城西大学が管理しており、城西大学同窓会創立30周年事業として修復工事が行われました。個人モニュメントに対する文化財行政のあり方を考える格好の材料ということができます。

登録有形文化財長屋門、主屋

2. 八丁陣屋跡 ハッチョウジンヤアト
問題
嶺岡牧の大きさはどのくらいでしょう?
A. 1,760ha B. 13,000ha C. 16,000ha
正解:A. 1,760ha
八丁陣屋跡
嶺岡牧は徳川幕府直轄牧のなかでは小さいですが、それでも周囲の長さは64km、面積で1、760haに達しています。これを5つにわけて経営していたが、そのほぼ中心に当たる西平に牧管理の現地役所の八丁陣屋が置かれました。今も、敷地と井戸、陣屋稲荷が残っています。八丁陣屋の建物は、2間3間の萱葺家屋であったことが記録されています。現在は荒廃していますが、こうした歴史を踏まえた保全措置が待たれます。

3. 千人塚 センニンヅカ
問題
千人塚とは何でしょう?
A. 三山塚 B. 提灯塚 C. 人塚
正解:C. 人塚
千人塚
千人塚(かんかん塚)は直径8m、高さ2mほどの円形の塚です。遺跡地図に中近世の「人塚」と記されていますが、「人塚」という考古学用語は無く、如何なる性格の遺跡なのか判然としません。伝承に、里見の時代に戦いがあり大勢戦死したので、その戦死者を葬ったといわれています。それならば中世墳墓ですが、供養塔もないので判断できません。古墳または古代の塚の可能性も検討する必要があります。

4. 山の城城跡・藤四郎台館跡 ヤマノジョウシロアト・トウシロウダイヤカタアト
問題
山の城城跡は誰が築いた城でしょう?
A. 長狭常伴 B. 東条秋則 C. 正木通綱
正解:C. 正木通綱
山の城城跡・藤四郎台館跡
山の城城跡は、土塁と段切りで曲輪を造った単郭式の山城です。櫓台も確認されています。この城跡は、初代正木氏である正木通綱が長狭の地を支配するために築いたものです。城跡の下方にある藤四郎台館跡は、正木氏家臣酒井藤四郎の館跡と伝えられています。が、城の低いところに土塁および急崖で区画した広い空間に館を造る方法は鴨川に残る他の正木氏築城の城と共通しているので、あわせて一つの城跡とみた方が良いでしょう。

5. 白滝不動 シラタキフドウ
問題
城絹の滝は落差何メートルでしょう?
A. 10m B. 20m C. 30m
正解:C. 30m
白滝不動
弘法大師が各地をまわって教えを広めている時に、この地の美しい情景に心を打たれ、自ら不動明王像を刻み、一堂を建立して納めたのがはじまりといわれています。1500年代前半に、山の城城主正木時茂が中興し、白滝山滝谷寺としました。

県指定天然記念物姉妹イチョウ

6. 嶺岡七鈴鏡遺跡 ミネオカシチレイキョウイセキ
問題
鈴鏡を付けた人物の埴輪(群馬県大泉町出土)の身分は何だったでしょう?
A. 巫女 B. 農夫 C. 楽人
正解:A. 巫女
嶺岡七鈴鏡遺跡
1970年に通称天塚で、嶺岡中央林道建設作業中に七鈴鏡、佐波里の碗、土師器の坏、「長者」の刻書がある土師器、三彩の骨壺の蓋が発見されました。これらの遺物から、奈良時代の火葬墓の跡と考えられます。埴輪の例から鈴鏡は巫女の持ち物と考えられているので、本遺跡はこうした祭祀の執行者の奥津城と思われます。 これらの遺物が出土した地点のそばに同様な墳墓の可能性がある「座布団型古墳」が残っています。

7. 嶺岡東牧馬捕り場跡 ミネオカヒガシマキウマトリバアト
問題
嶺岡牧で一番野馬数が多かった1781年の馬の総頭数は約何頭でしょう?
A. 300頭 B. 700頭 C. 1000頭
正解:B. 700頭
嶺岡東牧馬捕り場跡
嶺岡西牧の馬捕り場は土手垣であったのに対し、嶺岡東下牧の馬捕り場は石積みをしているという違いがあります。新旧二時期の馬捕り場が重なっていましたが、新しい馬捕り場は嶺岡中央林道の工事により未調査で大破されてしまいました。古い馬捕り場の跡は、嶺岡中央林道に未調査で一部破壊されましたが、形状が分かる状態で残っています。総野馬数の内、1年間に捕獲される頭数は30頭程度、1牧平均では6頭ほどでした。

8. 嶺岡牧の水飲み場跡 ミネオカマキノミズノミバアト
問題
野馬奉行綿貫夏右衛門が幕府に報告した野馬の水飲み場は何カ所ですか?
A. 40ヶ所 B. 50ヶ所 C. 60ヶ所
正解:C. 60ヶ所
嶺岡牧の水飲み場跡
江戸幕府直轄四牧のうち、嶺岡牧の特長として、1)丘陵地形の牧であること、2)飼料となる草が多いこと、3)水が豊富であること、があげられます。野馬奉行綿貫夏右衛は、1721年に嶺岡山が牧に適しているかどうかの調査を幕府に報告したなかで、野馬が水を飲む湧水が豊富で約60ヶ所もあると記しています。嶺岡牧は丘陵地形ということもあり、高所まで水飲み場が残っています。牧士は池浚いして管理しました。

9. 来秀五輪塔群 ライシュウゴリントウグン
問題
五輪塔は何の目的で立てたのでしょう?
A. 境界 B. 道標 C. 供養
正解:C. 供養
来秀五輪塔群
来秀字開戸の丘陵裾斜面に、五輪塔が32基も一ヶ所に立っています。千葉県で、これだけ五輪塔がまとまっている例は知られていません。しかも、安房地方独特な、舟形の嶺岡石に五輪塔を平に浮き彫りにした一石五輪が28基もあります。露頭に積石塚であった痕跡が残っており、特別な供養の場、ないしは共同墓地と考えられます。

市指定有形文化財来秀五輪塔群

10. 茱萸ノ木田遺跡 グミノキダイセキ
問題
平安前期の人々はどんな住居に住んでいたのでしょう?
A. 岩陰 B. 竪穴住居 C. 高床式住居
正解:B. 竪穴住居
茱萸ノ木田遺跡
茱萸ノ木田遺跡では、奈良時代〜平安時代の住居跡が13軒検出されています。当時の住居跡は、土を掘って壁にし、柱を立てて屋根を葺いた半地下式の住居でした。各住居には竈もつくられています。鴨川には条里制跡が残っていることが示すように、奈良時代には稲作が盛んに行われていました。米を竈で炊く煙がたなびいていたことでしょう。紡錘車も発見されていますが、衣服がカラムシ製か否かは今後の研究を待たなければなりません。




【史跡分類マークの説明】 国指定特別天然記念物国指定特別天然記念物 国指定天然記念物国指定天然記念物
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